七百餘所神社
名称:七百餘所神社(しちひゃくよしょじんじゃ)
御祭神:国常立尊(くにとこたちのみこと)
創建:不明(社伝では鎌倉時代)
所在地:千葉県八千代市村上433
HP:七百餘所神社のホームページ
文化財等:
・羯鼓<かっこ>(市指定文化財)
・七百餘所神社古墳(市指定文化財)
・神楽(市指定無形民俗文化財)
七百餘所(しちひゃくよしょ)神社のある村上の地は、古代、村神郷(むらかみごう)と呼ばれる北総地域きっての大集落があったことが発掘調査で明らかにされています。佐倉にある国立歴史民俗博物館の第一展示室には、この村上遺跡模型が展示されています。伝承ではこの頃、ムラカミとは「神々の群がる場所」という意味と伝えられ、日本中の八百万(やおよろず)の神々が集まる所の社(やしろ)という名では余りにも畏れ多いということから、百を引いて七百として七百餘所大明神と称したと伝わります。
社伝では創建は鎌倉時代と伝わりますが、境内に1400年前の古墳が存在することなどから、社としての始まりは、それ以前にさかのぼっても不思議はないでしょう。鎌倉時代、村上一帯は桓武平氏(かんむへいし)の末裔である千葉氏の勢力下にあり、社紋は千葉氏と同じ九曜紋(くようもん)・月星紋(つきほしもん)であることから、千葉氏の一族が支配する土地の守護神として、この神社を創建した可能性があります。同じ村上地区には正覚院(しょうかくいん)という寺院があり、鎌倉時代の作と考えられる「釈迦如来立像」(しゃかにょらいりゅうぞう)が県指定文化財に指定されています。寺伝では、この一帯を治めていた平真円(たいらのしんえん)により造立された仏像と伝わります。戦国末期には、平胤廣(たいらのたねひろ)なる人物が、この仏像を修復した記録が残っており、村上は鎌倉・室町時代には平姓(たいらせい)である千葉一族の支配下にあったことが想像されます。
※七百餘所神社のホームページより。
※詳しくは七百餘所神社のホームページをご覧下さい。
・七百餘所神社のあらまし

・鳥居

・社標石

・「吉橋組大師講(吉橋八十八ヶ所霊場)」第三十四番札所(大師堂) ※車祓いご祈祷場脇


・鳥居脇石碑

・御手水舎


・狛犬

・合祀神社


・御手水舎脇石碑

・石灯篭

・境内社(稲荷社)

・境内社(祓戸社)

・神楽殿

・狛犬

・拝殿近くの石碑

・御祭神碑

・拝殿

・本殿

・社務所

・出羽三山信仰の各種石碑





・出羽三山信仰の各種石碑狛犬


・出羽三山信仰の解説文

・境内隣接の道路向かいに祀られている白山大権現(はくさんだいごんげん)の祠

・境内隣接の道路向かいに祀られている石造物

・境内隣接の道路向かいに祀られている祠、石造物の解説文

・御朱印



